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大阪高等裁判所 昭和32年(ネ)1050号 判決

控訴人 中田清員

被控訴人 隅田善雄

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。

事実

控訴人訴訟代理人は、「主文と同趣旨」の判決を、被控訴人訴訟代理人は、「本件控訴を棄却する。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用、書証の認否は、当審に於て、控訴人訴訟代理人が、「祐松広治の長男祐松昭は父広治の家政及び債務整理につき父広治を代理する権限を有していたのであるから、仮りに本件不動産を控訴人に売却するにつき父広治

を代理する権限を有しなかつたとしても、控訴人は同人に代理権があると信ずるにつき正当な事由があつたから、民法第百十条によつて控訴人と祐松広治との本件不動産の売買は有効である。仮りに右昭に本件不動産を売買するにつき父広治を代理する権限がなく、且右民法第百十条の適用が認められないとしても、祐松広治は昭和三十三年二月十三日控訴人に対し、右昭が広治の代理人として控訴人との間になした本件不動産の売買の無権代理行為を追認したから、右売買は有効であつて、被控訴人の本訴請求は失当である。」と述べ、被控訴人訴訟代理人が、「祐松昭が父広治の家政竝に債務整理に関し父を代理する権限を有したことは否認する、祐松広治の控訴人主張の追認の事実は知らない、仮りに控訴人主張のように追認があつたとしても右は被控訴人が祐松広治に対し同人の控訴人に対する本件所有権移転請求権保全の仮登記竝所有権移転登記の各抹消登記請求権の代位行使をする旨の通知の後、しかも被控訴人の権利を害する目的でなされたものであるから無効である。」と述べ、控訴人訴訟代理人が乙第八号証を提出し、当審証人祐松広治の証言を援用し、被控訴人訴訟代理人が右乙第八号証の成立を認めた他、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

理由

原判決末尾添付目録記載の二筆の土地(本件土地と言う)がもと祐松広治の所有であつたことは当事者間に争がない。

しかして被控訴人は本件土地を昭和二十四年十月十九日祐松広治との売買契約によつて買受け所有すると主張し、控訴人は右土地は控訴人が同三十一年十月十三日祐松広治の代理人祐松昭との売買契約によつて買受け所有すると主張するから検討する。

先ず本件土地につき被控訴人主張の控訴人を権利者とする所有権移転請求権保全の仮登記、次いで祐松広治より控訴人への所有権移転登記のなされていることは当事者間に争がなく、原審での証人祐松広治の証言により成立を認めうる甲第二ないし第五号証、同第六号証の一ないし三、控訴人作成名義部分は原審での控訴人本人(第一回)尋問の結果により成立が認められ祐松広治作成名義部分は原審での証人祐松昭(第一回)の証言により祐松昭が祐松広治名義で作成したと認められる乙第一号証、原審での証人祐松昭(第一回)の証言により祐松昭が祐松広治名義で作成したと認められる乙第二ないし第四号証、官署作成部分は成立に争がなく、その他の部分は原審での証人祐松昭(第一回)の証言により祐松昭が祐松広治名義で作成したと認められる乙第五号証の一、成立に争のない甲第十号証、と原審及び当審での証人祐松広治の証言、原審での証人祐松昭(第一、二回)及び同証人祐松タキの各証言の夫々一部、原審での被控訴人本人及び同控訴人本人(第一回)の各尋問の結果を総合すると、本件土地の元所有者祐松広治は大村市内のマーケツト内に於て化粧品商をしていたが、妻タキ及び長男昭等との間に性格の相違等のため風波がたえず家庭の円満を欠いていたところ、祐松広治は商品の仕入に来阪中所持の資金を大阪市内に於て失つたところから、これを家族に秘して昭和二十四年十月十九日被控訴人との間に本件土地を代金五萬六千円で売渡す契約を結び、その後代金を合意の上五萬一千円に減額して同年十二月二十三日迄にその全額を受領し、所有権移転登記に必要な書類を作成完備して被控訴人に渡してその手続を一任して置いたが、被控訴人は自己の都合から右所有権移転登記手続をしないまゝで放置した、ところがその後祐松広治は商売に失敗し債務が嵩み益々家庭内が円満に行かなくなつて、ついに昭和二十五年五月頃妻タキと協議の上、長男及び二男を同人の許に残して一人家を出て別世帯を持ち事実上の離婚をしたが、その際右広治は前記マーケツト内の店舗の権利と在庫商品とを長男昭に譲渡し、自己が平素使用していた印鑑を昭に渡し、お前は長男であるから今後母や弟等の生活費学費等の面倒を父に代つてみてやつてくれと言残した、ところが、父広治が本件土地を被控訴人に売渡したことを知らない昭は広治の代理人として昭和三十一年十月十三日控訴人との間に本件土地を代金三十五萬円で売渡す契約を結び即日手付五萬円を受取り、前認定の所有権移転請求権保全の仮登記をし、同月十九日残金を受取り、前認定の控訴人への所有権移転登記をしたことが認められる。原審での証人祐松昭(第一回)、同祐松タキの各証言中祐松昭が父広治から債務の整理を任かされたとの趣旨の部分は、原審での証人祐松昭(第二回)の証言、原審及び当審での証人祐松広治の証言に照し信用できない。昭が広治から家庭の後事を託されたことは前記認定により明かであるけれども、さらばといつて、当然に前記のような不動産の処分までも委されたと見ることはできないから、右売買につき特に授権のあつたことを認むべき確証のない以上、昭の右代理行為はその権限なくしてなされたものといわねばならない。

よつて控訴人の表見代理の主張につき考えるのに、昭が家庭の後事を託されたことは前記の通りであるが、それは去つて行く家の家政を自分に代り世帯主となつて面倒を見ることを頼まれたに過ぎないことは叙上認定の事情に徴し自ら明かなところであるから、そのことから同人に広治に代つてその所有不動産までも処分する権限が与えられていると信すべき正当事由ありとは認められず、控訴人の右主張は理由がない。

しかし、成立に争のない乙第八号証と当審での証人祐松広治の証言とによると、祐松広治は昭和三十三年二月十三日控訴人に対して昭のなした前記無権代理行為を追認したことが明かであるから、昭が広治を代理して控訴人との間にした本件土地の売買契約は右追認によつて昭和三十一年十月十三日に遡つて有効となつたわけであつて結局祐松広治は本件土地を被控訴人と控訴人とに二重に売買したことになり、控訴人は被控訴人に先んじて本件土地の取得につき所有権移転登記を受けたことゝなるのであるから、被控訴人は自己の所有権取得を以つて控訴人に対抗しえず、それに基ずく本件各登記の抹消登記手続の請求は失当であると言わねばならない。

ところで被控訴人は祐松広治の右追認は被控訴人が同人に対して代位権行使の通知をした後しかも被控訴人の権利を害する目的を以つてしたものであるから、無効であると主張するから考えるのに、被控訴人は民法第四百二十三条第一項により祐松広治が控訴人に対して有する前認定の仮登記及び本登記の抹消登記請求権を代位行使するとして本訴を提起したものであり、官署作成部分は成立に争がなく他の部分は原審での被控訴人本人尋問の結果により成立を認めうる甲第九号証の一及び成立に争のない同号証の二によると被控訴人は本訴を提起すると共に昭和三十一年十一月一日祐松広治に到達の書面で祐松広治に右権利行使の通知をしていることが認められるから、広治はも早や本件不動産の控訴人のための所有権移転請求権保全の仮登記及び控訴人への所有権移転登記の登記原因欠缺を理由とする控訴人に対する抹消登記請求権の処分権限を失い、これを自ら行使することは許されないけれども、祐松広治が前記祐松昭の無権代理行為を追認することによつて控訴人に対する右各登記の抹消登記請求権が消滅する結果となつても、右追認は右抹消登記請求権そのものの処分行為ではないのみならず、もともと不動産の所有権の移転は登記を以つて対抗要件とする民法の下に於ては本件土地の所有者祐松広治がこれを被控訴人に売渡す契約をして未だその所有権移転登記をしない中は更に有効にこれを控訴人に売渡してその所有権移転登記をすることを得るものであつて、この場合控訴人は右登記によつてその所有権取得を被控訴人に対抗しうるのであるから、祐松広治が新たに控訴人に対して本件土地を売渡す売買契約をするのとその効力が遡及する点を除いて何ら異らない前記昭の無権代理行為を追認することができないとする理由はなく、前認定の売買による所有権取得の登記をしていない被控訴人は未だ本件土地の所有権取得を以つて控訴人に対抗しえないのであるから、祐松広治の右追認が控訴人と通謀して被控訴人の権利を害する目的をもつてなされたような特別の事情の下になされたことの主張も立証もない本件においては、何ら権利を侵害されるところはない。従つて被控訴人の右追認を無効とする主張は採用するをえない。

そうすると祐松広治は控訴人に対して本件土地に対する前認定の仮登記及び本登記の各抹消登記請求権を有しないのであつて、これを代位行使するとする被控訴人の本訴請求の理由のないことは明かである。

それ故被控訴人の本訴請求を理由ありとして認容した原判決を取消し、被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十五条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 石井末一 岡野幸之助 喜多勝)

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